精神保健福祉情報

「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会取りまとめ」 に関する見解

2014年11月1日
日本病院・地域精神医学会

 昨年来、厚生労働省では「精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会」が開催され、本年3月には「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」が告示された。さらに同指針のなかで引き続きの検討課題とされた地域の受け皿づくりの在り方等に係る具体的な方策について、「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」が取りまとめられた。
 本取りまとめは、今後の精神医療の地域移行やその将来像を示したものであるにも関わらず、その内容は我が国の精神医療の諸問題の根本解決を回避し、精神障害者の人権を擁護する立場と相容れない内容を含んでいる。よってここに当学会としての見解を表明するものである。

 「取りまとめ」の中の「長期入院精神障害者本人に対する具体的方策の方向性」における「病院の医師、看護師等が地域生活を支えるための医療に移行できる環境の整備を推進する」という方向性は概ね理解できるところである。しかし、具体的に我が国の今後の精神病床数については、医療計画における精神病床に係る基準病床数の見直しを進めることとしていることに言及しつつ「精神疾患に係る医療計画に関しては、障害福祉計画に基づく取組や、病院の構造改革を踏まえ、基準病床数の設定や各地域ごとの医療機能の在り方について検討する」、「精神病床数の将来目標については、『精神保健医療福祉の改革ビジョン』の評価等を踏まえ、平成27 年度以降に医療計画に反映することについて、今後検討する」と述べるのみで具体的内容の決定は先送りされている。
 政策の実行においては、その方向性と同時に具体的方策や目標値の提示が必須であり、本取りまとめにはそれが決定的に欠けている。2004年の改革ビジョンが「受入条件が整えば退院可能な者」を約7万人と公表し、明確に「10年後の解消を図る」と明記していたことをと比較すればむしろ後退しているとも考えられる。
 また「訓練等(地域移行に向けた訓練や支援をいう。)の進め方」のなかでは、わざわざ 「訓練等の実施場所については、病院外施設を積極的に活用することとするが、地域に おける体制整備が不十分な場合は院内で行う」とまで記している。これは未だに「訓練」をして能力を身につけてからでないと退院できないという考えが底流にあり、このままでは院内から地域生活への移行を阻害することになりかねない。
 また、本取りまとめで極めて大きい問題は、「精神障害者の地域生活支援や段階的な地域移行のための病院資源の活用」と称し以下のように述べたことである。

  「医療法人等として保有する敷地等の資源や、将来的に不必要となった建物設備等の居住の場としての活用のうち、当該居住の場が共同生活援助の指定を受ける選択肢を可能とするために、既存の地域移行型ホームに関する基準を参考としつつ、障害者権利条約に基づく精神障害者の権利擁護の観点も踏まえ、以下のような条件付けを行うという留保をつけた上で、病床削減を行った場合に敷地内への設置を認めることとし、グループホームの立地に係る規制の見直し等必要な現行制度の見直しを行うべきこと、また、見直し後の事業を自治体と連携して試行的に実施し、運用状況を検証するべきことが多くの構成員の一致した考え方であった。」

  これにより、病院敷地内にグループホームを設置することや病棟を転換してグループホーム等にすることに公然と道を開くことになった。
 当学会では既に本年2月2日付けで「病棟転換型居住系施設構想についての声明」を発表し、このような病棟転換型居住系施設が、障害者権利条約第19 条にある「他の者との平等の選択の自由をもって地域社会で生活する平等の権利」を侵害するものであり容認できない旨を表明している。それにも関わらず、このような方向性を取りまとめたことに対し厳重に抗議する。そもそも「障害者権利条約に基づく精神障害者の権利擁護の観点も踏まえ」て病棟転換型居住系施設を認め、病院敷地内グループホーム設置を容認することなどは有り得ないことである。このような試行事業を行うこと自体が障害者に対する権利侵害に道を開くことであり、本事業を実施しないことを強く求める。同時に、議論を行ってきた厚労省の検討会の委員25人中精神障害当事者が2人というあまりに当事者を軽視したあり方にも疑義を申立て、改善を求める。
 外部から見えにくく情報公開の遅れた我が国の精神科病院を、より市民に開かれた形にしつつ、精神医療が特殊なものであり続けることがないよう、開かれた議論の下、政策決定していくよう強く求める。